専業主婦のころの私

3年前の私は、専業主婦でした。

しかも、家庭がうまくいっていない専業主婦でした。

初めての子育ては戸惑うことがたくさん。
ミルクやオシャブリを使わずに育児をしても、
布オムツで育児をしても、
離乳食だけでなく、おやつまで手作りしても、
自分で自分に
「マル」をあげることはできませんでした。
娘が泣く度、辛くて、
母親として自信もありませんでした。

そんな、乳幼児と暮らす生活の中で、
「まともに日本語が話せる大人」
であるはずの夫との関係は悪かったです。
うまく会話もできませんでした。
会話をすれば、お互いに疲弊するばかりでした。
小さな世界で生きていたうえ、
初めての育児で
自信をなくしていたところだったので、

夫に否定されることは、
「たった1人の人間に否定されること」ではなく、
私の中では大きな意味をもちました。

自分はダメな人間だと思っていました。

久々に外の世界へ

そんな自尊心のとても低い私が、
離婚して、数年ぶりに経済社会に出ました。

本当にドキドキ、
いえ、正直なところ、ビクビクでした。
大人としっかりしゃべることすら久々でした。
しかも、お会いする人間は、
ママさんや育児関係の女性たちから
ガラリと変わりました。

自分はダメな人間だと思いながらの
再出発だったので、
小さなことに怯え、傷つきました。
つい「責められる」と身構えてしまいました。
高圧的な態度、
元夫に似たような態度をとられると
怖くて
その場はとりつくろいながらも、
私の身体の中で何かのスイッチが入ってしまって、
頭の中は「もう帰りたい」でいっぱいでした。

30代の私か、20代前半までの私を
知っている人は、私に
社交的なイメージを持っているかもしれません。

信じないかもしれないけれど、
本当はあのとき、
誰とも関わらずに、娘と2人、
あたたかいところで、こもっていたかった。

お仕事をやらせていただく中で

そんな私でしたが、
お仕事をやらせていただく中で、
たくさんの「ありがとう」をいただきました。

涙を流しながら「ありがとう」
と言っていただくことや、
「亜紀子先生に出会えてよかった」
と言っていただくことも。

会社さんのお仕事では、実は弊所は
もうすでに別の行政書士とのお付き合いがある
会社さんからのご依頼がほとんどです。
それでも「これからはあなたに任せたい」
私を選んでくれるのです。

私にとっては「ミスをした」と思える場合でも、
許していただき、それどころか、
次もその次もお仕事を任せてくださいます。

3年前の私は、口を開けば否定されていました。
夫からは、
しゃべることも、思うことも、考えることも、
するべきではないと言われているようでした。

今では、人から意見を求められるようになりました。
人から「私と話したい」
と言っていただくようになりました。
「人前でしゃべってほしい」
と言われるようになりました。

仕事が私にくれたもの

仕事ができるということ。

それは、
今月の家賃が払えること。
ご飯が食べられること。
お洋服が買えること。
娘が大学に行きたいと言ったときに
気持ちよく行かせてやれること。

それだけではありませんでした。

仕事が、
人に、選ばれ、求められ、感謝されるという経験が、
私の自尊心を取り戻してくれました。

本当に、特にあの仕事を始めたばかりのころの私と
お付き合いしていただいた方々には、
感謝でいっぱいです。

今、お仕事をさせていただく中で、
特に、専業主婦で家庭で悩んでいる女性には、
「あなたは幸せになるべき大切な人間」
ということをしっかりとお伝えするよう
心がけています。

岐阜県で運送業許可、建設業許可をとるなら。女性の離婚なら。