今週の【読んだ本シリーズ】はコチラ。
先日も紹介した、私の好きな片田珠美先生(精神科医)の著書。
一億総他責社会
片田珠美・著(イースト新書)
帯には
なぜ他人の幸福や活躍が我慢できず、
「自分だけがつらい」
と訴えるのか。
と。
タイトルはもちろん『一億総活躍社会』をもじっています。
なんでも他人のせいにする他責傾向が強まった日本を
『一億総他責社会』と印象的な言葉で命名しています。
幸せのカタチに『正解』がなくなった今、
これまでの『常識』が通用しなくなりました。
日本が『一億総中流社会』と呼ばれたのは、はるか昔。
いまや平等社会に慣れきった日本人は、
これまで信じてきた『世間』が壊れた今
幻想と現実のギャップに苦しんでいます。
そんな中
自分は悪くない。
自分だけがつらいから(もしくは自分だけは特別だから)
自分だけはこれが許されるはずだ。
の多いこと。多いこと!
さて、そんな中、この本で興味をもって読んだ
2点を紹介します。
①自分だけは許される・強いものの止まらない言動
※これは昔からだと思います。
例えば、政治家が女性の身体を触る話とか・・・
「どうしてそんなことができるの?」
と驚くような言動が取り沙汰されることがあります。
通常は
「これをしたら相手は嫌な気持ちになるかな」
「これをしたら騒がれるかな。周りから何か言われるかな」
(2つめは、相手の気持ちを考えているわけではないが、何も考えないよりはまだ理解できる)
などと想像力を働かせるものです。
ところが、特権的な立場ゆえ許されてきた人は
想像力を働かせないのです。
「前はそうじゃなかったのに、変わっちゃたな」
というのもこのタイプ。
若いときは相手に想像力を働かせていたはずなのに
立場があがって自分の言うことを周りが聞いてくれるようになると
想像力を働かせるのをやめてしまうのですね。
②自分だけは許される・弱い者がさらに弱い者をたたく
加害者が『曖昧』であることや
加害者に罰を与えるのが難しいことが多いので、
いたるところで対象の【置き換え】が起こり、
第三者に対して攻撃するようになります。
怒りを向けられる相手は、自分より弱い相手。
(客が店員さんに詰め寄るのもこの一種かと)
こういった行動に出る彼らは、被害者意識が強いので
自分だけは例外を追求する権利がある
と思っていて、
自分より弱い者をたたくことにためらいがないどころか
むしろ正当化するとのこと。
原因と怒りの矛先を向ける相手がずれているのですが。
弱い者がさらに弱い者をたたく
って話は、
ブルーハーツも『TRAIN TRAIN』で歌っていたので、
前からある現象ではあるのでしょう。
・・・とは思うが、これが
「《思い》と《できること》に乖離がある思春期」ではなく、
(おそらくブルーハーツは思春期の叫びを歌に込めている)
いい大人がやっていることが現代の問題なのでは?
これまでの『世間』や『ルール』が壊れたのは
もはやどうにもできないこと(悪いことでもないと思っています)。
ただ、『その中で、個人がどう生きるか』でしょう。
・攻撃に正義の衣をかぶせることのないように。
・羨望に敵意をくっつけて相手を見ない。うらやましくても、ねたまない。
・他人を見ないで自分を見る。
この3点につきるのではないでしょうか。
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