毎週月曜は『読んだ本シリーズ』。
今週の本はこちら。
現代版
魔女の鉄槌
苫米地英人 (著)
苫米地(とまべち)さんの本は好きで、これまでも何冊も読んでいます。
今回は、「魔女の鉄槌(てっつい)」です。
この本は、15世紀の大ベストセラー『魔女に与える鉄鎚』から来ています。
とはいえ、非科学的な昔話や大昔の「魔女狩り」を語っているわけではなく
現代の情報化社会の危険性を語った本です。
さて、今週も備忘録3点を書き留めておきます。
・『汝殺すことなかれ』は、権力者によって都合のよい訳にすり替えられていた
ジェームズ1世は聖書に自分にとって都合の良い言葉を入れている。
聖書の有名な一説『汝殺すことなかれ』の
『殺す』に相当する語が、本来の「kill」ではなく「murder」に訳された。
神は「murder」は禁じていても、「kill」は禁じていない。
だから、魔女狩りや原住民の大虐殺や戦争での原爆投下もできる。
宗教の教義は、権力者に都合がいいように書き残されている。
・人は権威づけがあると、わけのわからない密室の決定を簡単に信じてしまう
国が責任をもったからとて、どうにかなるものでもない。
戦争しかり、原子力しかり。
原子力の推進は、そもそも政府が密室で決めたこと。
国会で開かれた議論が行われたことは一度もない。
せいぜい国会で安全という発言がされた程度。
国やマスメディアが国民を洗脳し、
国民のほとんどが原子力は安全だと信じた。
大事故が起こるまで疑いもしなかった。
※最近ではメディアにそこまでの力もないでしょうが、当時の苫米地氏による見解
私たちが常識だと思っていたものは、
検証が排除された密室での決定である。
・情報を受ける側には情報をどう解釈しようと責任はないはず
情報空間には、唯一絶対の正しい情報は存在していない。
唯一の判断基準もなければ、真実はいくらあってもいい。
情報空間にある情報は、「すべて正しい」ということもできる。
情報は、その人にとっては正しいことだから発信されている。
本来、情報を受信する側は、その情報をどう解釈しようと
何ら責任をもつ必要はない。
発信された情報が正しいかどうかは、知りようがないから。
発信者に責任があるはずであり、発信者は根拠をつけて発信すべき。
読んだ本シリーズ
週に一冊アウトプット企画
毎週月曜にブログとインスタに備忘録3点をアップしています。